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旧財閥・鈴木商店の大番頭・金子直吉の誕生日占いと人生

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記事公開日:2017年06月05日
最終更新日:2021年04月12日

金子直吉
出典:wikipedia.org

金子直吉(かねこ なおきち)は、かつて存在した鈴木商店を財閥の一角まで育て上げた人物です。

大正時代は三井、三菱、住友をしのぐ規模の企業グループに拡大させ財界のナポレオンともいわれました。

このページでは金子直吉(かねこ なおきち)の生年月日から求めた誕生日占いと、歩んだ人生と個人Kin年表との鑑定を行います。

金子直吉の誕生日占い(性格診断)

誕生日:1866年7月24日

誕生日から算出したツォルキンバースディはKin67です。

太陽の紋章(健在意識) ウェブスペル(潜在意識) 銀河の音
青い手 白い世界の橋渡し 音2
ガイドをしてしてくれる ガイドkin 青い嵐
互いに学びあう 反対kin 赤い地球
互いに秘かれあう 神秘kin 白い魔法使い
以てるもの同士の類似kin 黄色い人
鏡の向こうのもう一人の自分 kin194
絶対反対kin kin197

誕生日占い(性格診断)の簡易説明

「音2」はパワーが強い人で、衝突するような体験が多い人生を送ります。ひとつ乗り越えても、また新しい課題が出てきますが、持前の気力で乗り越えていきます。組織の中でも決断を行うキーパーソンとなる役割が多い人です。

「白い世界の橋渡し」は、文字通り人と人、ものともの、あの世とこの世などを結びつけることに長けてます。野心家で大きな成功を望みます。考えるスケールは大きいので、 小さく収まるような事は望みません。

「青い手」は、チャンスやお金、人のココロなど掴みやすい人です。献身的に人を理解し癒します。「手」を使うことで、手に秘められた力がわいてきます。手間をかけることや手抜きをせず、手作業などを行うとパワーが沸いてきます。

ひとことでいえばKin67の誕生日占いは、過去の経験を役に立てるのが上手なタイプです。下積みが日の目を見る。コミュニケーションが大事。

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金子直吉の個人Kin年表とその生涯を照らし合わる

土佐藩領内で商家の子として生まれます。
家が貧しく学校にもいけず、10歳頃から高知市内に丁稚奉公に出ます。
独学で経済や中国古典などを学びます。

鈴木商店

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1886.7.24~ 20 87 9 青い手 青い嵐
1887.7.24~ 21 192 10 黄色い人 青い夜
1894.7.24~ 28 147 4 青い手 黄色の種
1895.7.24~ 29 252 5 黄色い人 黄色い星
1886年に神戸の砂糖問屋・鈴木商店に入ります。鈴木商店はすでに神戸八大貿易商の1つに数えられていました。

1894年に鈴木商店当主の鈴木岩治郎が死去。未亡人の鈴木よねが、金子直吉と柳田富士松の両番頭にし事業を継続。

番頭になった金子直吉は樟脳(しょうのう)の取引で大きな損失を出すが、鈴木よねはそのままの体制で経営を続けた。

ウェブスペルの色が青色の後半に鈴木商店に入ります。
黄色の前半に鈴木商店当主の鈴木岩治郎が死去。鈴木よねの意向で鈴木商店の番頭になります。

樟脳で大きな利益

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1899.7.24~ 33 152 9 黄色い人 黄色の種
1900.7.24~ 34 257 10 赤い地球 黄色い星
1903.7.24~ 37 52 13 黄色い人 黄色い太陽
1904.7.24~ 38 157 1 赤い地球 赤い地球
1905.7.24~ 39 2 2 白い風 赤い竜
1899年に台湾総督の後藤新平と交渉し、台湾の樟脳(しょうのう)油の65%の販売権を得ます。
樟脳は虫除けの必需品で欧米に輸出し大きな利益を上げます。

1903年に住友樟脳製造所を買収。
1905年に神戸製鋼所の前身の小林製鋼所を買収

ウェブスペルの色が黄色の後半に台湾の樟脳油の65%の販売権を得て大きな利益を上げます。
黄色の最後付近から樟脳で得た利益で他の会社の買収を始めます。

世界的企業への舵取り

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1914.7.24~ 48 167 11 青い手 赤い地球
1915.7.24~ 49 12 12 黄色い人 赤い竜
1916.7.24~ 50 117 13 赤い地球 赤い蛇
1914年に第一次世界大戦がはじまると当時ロンドン支店長の高畑誠一に「金に糸目をつけず、ありったけの鉄・物資を買え。」と指示を出します。
この投機的な買い付けで大きな利益を出し多くの企業を系列傘下に収め、工場を増やし海外にも支店網を広げて鈴木商店を一大コンツェルンに築きあげます。
これらの事業拡大の資金を提供していたのは台湾銀行でした。

1915年に米沢の織物工場を買収し人造絹糸の事業を始めるます。帝人の前身です。

ウェブスペルの色が赤色の最後付近の第一次世界大戦が始まると投機的な買い付けで大きな利益を出し多くの企業を系列傘下に収め鈴木商店を財閥の一部に押し上げます。

急変、転落

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1917.7.24~ 51 222 1 白い風 白い風
1918.7.24~ 52 67 2 青い手 白い世界の橋渡し
1923.7.24~ 57 72 7 黄色い人 白い世界の橋渡し
1926.7.24~ 60 127 10 青い手 白い鏡
1918年7月23日から始まった米騒動の際に鈴木商店が米を買い占めているというデマで焼き討ちに会います。

「鈴木=悪徳商社」という認識に対し、この時期、金子直吉は外国産米を輸入しようと奔走していました。濡れ衣でしたが一切の弁明を行わなかったのが一層の誤解を生む原因ともなりました。

1923年9月1日に関東大震災が発生。政府は震災手形割引損失補償令を公布し鈴木商店と台湾銀行はこの制度を利用し、損失の穴埋めを行う。

1927年3月、金融恐慌が起こるとコール市場に資本を頼っていた台湾銀行は、最大の貸し手である三井銀行の資本引き揚げにより追い詰められ、鈴木商店への新規融資を打ち切りを通告。
三井物産や三菱商事のように系列銀行を持たなかったため資金調達が不能となり4月5日、鈴木商店は事業停止・清算に追い込まれた。

ウェブスペルの色が白色の始め付近に米騒動の際にデマにより鈴木商店は焼き討ちに会います。
白色の後半に台湾銀行より鈴木商店へ新規融資を打ち切りになり、倒産に追い込まれました。

再出発

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1930.7.24~ 64 27 1 青い手 青い手
1933.7.24~ 67 82 4 白い風 青い嵐
1934.7.24~ 68 187 5 青い手 青い夜
1943.7.24~ 77 92 1 黄色い人 黄色い人
元ロンドン支店長の高畑誠一らは鈴木商店の商社部門を引継ぎ日本商業(のち日商、現在の双日の源流企業の一つ)として再出発

金子直吉は鈴木家の再興を図って1931年に太陽曹達の取締役に就任。
一時は神戸製鋼所などの20社以上を系列に持った。台湾銀行の担保に取られていた帝人株を買戻したが政治家の汚職の疑惑が持ち上がり1934年の帝人事件に発展。

晩年は北海道や南洋での開発事業を進めようとしていた。

1944年2月27日に亡くなった。

ウェブスペルの色が青色の始めの年に鈴木家の再興を図って再出発。
青色の半ばには一時は20社以上の系列を持ちます。
黄色の始めの年に亡くなりました。

金子直吉のまとめ

個人Kin年表の流れで見てみるとウェブスペルの色が

青色の後半に鈴木商店に入ります。
黄色の前半に鈴木商店当主の鈴木岩治郎が死去。鈴木よねの意向で鈴木商店の番頭になります。
黄色の後半に台湾の樟脳油の65%の販売権を得て大きな利益を上げます。
黄色の最後付近から樟脳で得た利益で他の会社の買収を始めます。

赤色の最後付近の第一次世界大戦が始まると投機的な買い付けで大きな利益を出し多くの企業を系列傘下に収め鈴木商店を財閥の一部に押し上げます。

白色の始め付近に米騒動の際にデマにより鈴木商店は焼き討ちに会います。
白色の後半に台湾銀行より鈴木商店へ新規融資を打ち切りになり、倒産に追い込まれました。

2度目の青色の始めの年に鈴木家の再興を図って再出発。
2度目の青色の半ばには一時は20社以上の系列を持ちます。
2度目の黄色の始めの年に亡くなりました。

金子直吉自身は私財を蓄えることはなく鈴木商店全盛時も借家住まいであり、常に数人の書生に学費を援助し亡くなったときにはわずかな現金しか残っていなかったという。


☆いろいろ書きましたがすべて個人的な見解になります。

参考資料

自分で検証を行うには・・・

個人イメージ

あなたのKinを調べる (誕生日占い)

誕生日からKin番号を求め、対応する銀河の音とウェブスペル、太陽の紋章の詳細表示を行う占いです。ご自身のもっているエネルギーに気付きや再確認することがある事と思います。

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個人Kin年表

個人Kin年表 (人生占い)

誕生日ごとに回ってくるKin番号が、その年のKin番号になり、1年間影響を受けることになります。入力フォームに名前と生年月日を入力するとメールで個人Kin年表を返信します。

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