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近代日本美術・岡倉天心の誕生日占いと人生鑑定

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岡倉天心
出典:wikipedia.org

岡倉天心(おかくら てんしん)は、日本の思想家、文人。

東京美術学校の設立に大きく関わり、のちに日本美術院を創設。近代日本美術の発展に大きく寄与した人物。

このページでは、岡倉天心(おかくら てんしん)の生年月日から求めた誕生日占いと、歩んだ人生と個人Kin年表との鑑定を行います。

岡倉天心の誕生日占い(性格診断)

生年月日:1863年2月14日生まれ

誕生日から算出したツォルキンバースディはKin112(黒Kin)です。

太陽の紋章(健在意識) ウェブスペル(潜在意識) 銀河の音
黄色い人 赤い蛇 音8
ガイドをしてしてくれる ガイドkin 黄色い戦士
互いに学びあう 反対kin 白い風
互いに秘かれあう 神秘kin 赤い月
以てるもの同士の類似kin 青い手
鏡の向こうのもう一人の自分 kin149
絶対反対kin kin242

誕生日占い(性格診断)の簡易説明

「音8」は、バランスと調和を大事にする人です。母性力があり面倒見がよく、細かいところにもよく気づきます。どんな状況でもすぐに溶け込める人です。人間関係は残念ながら、人づきあいがさほど上手ではありません。

「赤い蛇」は、よくも悪くも執着心が強く、執念深く情熱的です。高い集中力をもった、努力家さんです。あきらめない執念を持っています。好き嫌いがはっきりしてます。独特の感性を持っており、まわり振り回されることがありません。

「黄色い人」は、束縛を嫌い、信念を大切にして自由に生きていこうとします。没頭できる分野においての「道」を貫き、極めることが出来るずば抜けた才能を持っており、理解力・吸収力が秀でています。

黒Kinですので周囲に強い影響を与えます。

ひとことでいえばKin112の誕生日占いは、一隅を照らす役割のあるタイプです。センスが良いです。失うことは与えること。マイナスをプラスに。

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岡倉天心の個人Kin年表と歩んだ人生を照らし合わる

現・横浜市で生まれます。父・岡倉覚右衛門は福井藩の藩士。本名は岡倉覚三(かくぞう)。
福井藩は横浜で海外貿易の盛隆を目の当たりにし、生糸を扱う貿易商店「石川屋」を開業。
岡倉の父は「石川屋」に店長として赴任。このため、天心が幼少より横浜を訪れる外国人を通して英語に慣れ親しみます。

母の死

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1870.2.14~ 7 67 2 青い手 白い世界の橋渡し
1871.2.14~ 8 172 3 黄色い人 白い犬
1872.2.14~ 9 17 4 赤い地球 白い魔法使い
1870年に母が亡くなります。翌年に父の再婚を機に養子に出されますが、里親とそりが合わず寺に預けられます。
この寺の住職から漢籍など東洋の文学を習う一方、洋学校でも学びます。

ウェブスペルの色が白色の始めころに寺に預けられます。

東京に移転

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1873.2.14~ 10 122 5 白い風 白い鏡
1875.2.14~ 12 72 7 黄色い人 白い世界の橋渡し
1877.2.14~ 14 22 9 白い風 白い魔法使い
1878.2.14~ 15 127 10 青い手 白い鏡
1873年に廃藩置県で福井藩がなくなり石川屋は廃業。
父が東京の日本橋で旅館を始めたので家族そろって移転。
天心はその後、1875年に東京開成学校に入学。1877年に東京開成学校は東京大学に改編。
1878年に結婚。

ウェブスペルの色が白色の半ばに東京に家族で移転。
白色の後半に東京大学に入学。在学中に結婚。

フェノロサ

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1880.2.14~ 17 77 12 赤い地球 白い世界の橋渡し
1881.2.14~ 18 182 13 白い風 白い犬
1882.2.14~ 19 27 1 青い手 青い手
1880年に東京大学を卒業し文部省に入ります。
当時、日本では文明開化のために西洋文化に重きを置かれ、日本の伝統的芸術は崩壊に瀕していました。いわゆる廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)。
そんな1878年に東京大学の講師としてアメリカからフェノロサが招かれます。フェノロサは美術が専門ではありませんでしたが来日後に日本の美術に大きく関心を寄せます。
1881年にフェノロサと共に天心は日本美術を調査を行います。
1882年に専修学校(現在の専修大学)の教官となり、学生達に大きな影響を与えます。

ウェブスペルの色が白色の最後付近に大学を卒業し文部省いり。フェノロサと日本美術を調査を行います。
青色の始めの年に専修大学の教官に就任。

フェノロサは当時の日本の美術行政、文化財保護行政にも深く関わります。
1890年にアメリカへ帰国。ボストン美術館東洋部長として、日本美術の紹介を行います。
1908年に心臓発作で逝去。

東京美術学校

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1886.2.14~ 23 187 5 青い手 青い夜
1887.2.14~ 24 32 6 黄色い人 青い手
1888.2.14~ 25 137 7 赤い地球 青い猿
1889.2.14~ 26 242 8 白い風 青い鷲
1890.2.14~ 27 87 9 青い手 青い嵐
1886年-1887年にかけ東京美術学校設立のため、フェノロサと欧米視察旅行。
帰国後の1887年に東京美術学校の幹事となり東京美術学校設立に参画。
1889年に東京美術学校が開校。1890年に校長に就任。
東京美術学校では、福田眉仙、横山大観、下村観山らが育ちます。

ウェブスペルの色が青色の半ばにフェノロサと欧米視察旅行。
青色の後半に東京美術学校が開校。初代校長に就任。

日本美術院

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1898.2.14~ 35 147 4 青い手 黄色の種
1899.2.14~ 36 252 5 黄色い人 黄色い星
1900.2.14~ 37 97 6 赤い地球 黄色い人
1898年に東京美術学校の校長を辞任。
これは、文部省など西洋化路線が強く強くなり、日本の伝統的芸術の復興を主張する天心らの居場所がなくなったための事実上の追放でした。
同年、東京谷中に日本美術院を発足。
東京専門学校(後の早稲田大学)に特別科外講師を行っていたことから大隈重信と知り合い、日本美術院の後援者になってもらいます。

ウェブスペルの色が黄色の前半に東京美術学校の校長を辞任。日本美術院を発足。

インドを訪遊

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1901.2.14~ 38 202 7 白い風 黄色い戦士
1902.2.14~ 39 47 8 青い手 黄色い太陽
1904.2.14~ 41 257 10 赤い地球 黄色い星
1901年から1902年にかけインドを訪遊。東洋美術の根源を探す目的でした。
1904年にボストン美術館中国・日本美術部に迎えられ、ボストンとの行き来が多くなります。

ウェブスペルの色が黄色の半ばにインドを訪遊。その後、ボストンとの行き来が多くなります。

晩年

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1906.2.14~ 43 207 12 青い手 黄色い戦士
1910.2.14~ 47 107 3 青い手 赤い蛇
1913.2.14~ 50 162 6 白い風 赤い地球
1906年に日本美術院の拠点を茨城県五浦に移します。
1910年にボストン美術館中国・日本美術部長に就任。日本美術院の活動は解散状態となった。
1913年9月2日に亡くなります。

ウェブスペルの色が赤色の半ばに亡くなりました。

岡倉天心のまとめ

個人Kin年表の流れで見てみるとウェブスペルの色が

白色の始めころに寺に預けられます。
白色の半ばに東京に家族で移転。
白色の後半に東京大学に入学。在学中に結婚。
白色の最後付近に大学を卒業し文部省いり。フェノロサと日本美術を調査を行います。
青色の始めの年に専修大学の教官に就任。
青色の半ばにフェノロサと欧米視察旅行。
青色の後半に東京美術学校が開校。初代校長に就任。
黄色の前半に東京美術学校の校長を辞任。日本美術院を発足。
黄色の半ばにインドを訪遊。その後、ボストンとの行き来が多くなります。
赤色の半ばに亡くなりました。

岡倉天心の死後、日本美術院を横山大観、下村観山らが東京谷中に再興します。
現在は日本を代表する日本画の美術団体として活動。
日本美術院主催の展覧会として毎年、4月に春の院展、9月に再興院展が開催。

参考資料

☆いろいろ書きましたがすべて個人的な見解になります。

自分で検証を行うには・・・

個人イメージ

あなたのKinを調べる (誕生日占い)

誕生日からKin番号を求め、対応する銀河の音とウェブスペル、太陽の紋章の詳細表示を行う占いです。ご自身のもっているエネルギーに気付きや再確認することがある事と思います。

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個人Kin年表

個人Kin年表 (人生占い)

誕生日ごとに回ってくるKin番号が、その年のKin番号になり、1年間影響を受けることになります。入力フォームに名前と生年月日を入力するとメールで個人Kin年表を返信します。

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