今日のエッセイ的な何か 12月06日(Kin92) 40歳になってわかっ(てき)たこと。

結構真面目な話。

40歳になって思うこと。

私は十五歳のとき学問に志を立てた。
三十歳になって、その基礎ができて自立できるようになった。
四十歳になると、心に迷うことがなくなった。
五十歳になって、天が自分に与えた使命が自覚できた。
六十歳になると、人の言うことがなんでもすなおに理解できるようになった。
七十歳になると、自分のしたいと思うことをそのままやっても、
人の道を踏みはずすことがなくなった。

と孔子さんが申しておりました。

もうちょっと40歳になるまでは時間があるのだけど、19歳→20歳とか、29歳→30歳になるときとはちょっと違う感覚になっています。

40歳を迎えるときは、仕事もバリバリしてそれなりに出世して、周りの人が自分に期待して、居なくてはならない存在になっていて、事業の中心にいる感じを描いていました。でも、このままの場所に居るだけじゃ、通用しないことがうすうす感づいてくる。

別の場所での活躍を求められ、まったく違う力を発揮しないといけなくなるし、そのとき、自分が万能ではないことを突きつけられる。プレイヤーとして生きているだけなら感じにくかったことなのかもしれないなーと思うのです。

パートナーの関係や、子育て、親の介護や、自分の病気など、いろんな面で理不尽を感じはじめることが多い時期でもあるしね。つまりは、「ようやく自分のことがわかる歳」になってきたということでしょうか。

なんとなくなのですが、50歳までの10年間をどう生きていくかって割と大切なのかなーなんて。ここのところ時間が有り余っていることもあっての備忘的な「等身大の中の人」の感じです。

その1 40歳は、もっと大人だと思っていた
学生の頃描いていた40歳のイメージと実際の自分とのギャップの大きさにびっくりしてます。40歳ってこんなんでいいの?と。スーツをパリッと着て、落ち着いている感じを想像していたけど、実際のワタシはそんなんじゃない。恰好じゃないんだなー。とか思いながら、このサイトもそうだけど、いま目の前にあることを丁寧にやり続けている感じです。

その2 40歳は、どんな人であっても「上がいること、下がいること」を感じる
「その道」の一流の人と出会える機会が増える。自分が一流じゃないことに気付くときでもあります。同年代の人から「一流」と呼ばれる人が出てくる。

・山崎直子(宇宙飛行士)さんは、39歳で、スペースシャトルディスカバリーに搭乗。
・阿久悠(作詞家)さんは、40歳の年に作詞を担当した沢田研二の「勝手にしやがれ」が日本レコード大賞を受賞した。その前年は都はるみの「北の宿から」、翌年はピンク・レディーの「UFO」でも受賞している。
・井深大(元ソニー社長)さんは、映写機メーカー勤務を経て、敗戦直後だった38歳の時に盛田昭夫氏とともにソニーの前身の東京通信工業を設立。米国での小型トランジスタラジオの成功をきっかけに、町工場を世界的企業へと成長させたんだって。
・松本人志(お笑い芸人)さんは、ダウンタウンとしてすでに人気絶頂で多数のレギュラー番組を持っていた。40歳頃に「仁志松本のすべらない話」の放送が開始されたり、ソロでの活動も目立つように。
・シェリル・サンドバーグ(フェイスブックCOO)さんは、グーグルで辣腕を振るって、フェイスブック社のCOOに就任したのは43歳になる年。経営者のマーク・ザッカーバーグは、彼女に初めて会ったとき「COOにピッタリ」と思ったんだとか。
・秋元康(作詞家)さんの40歳頃は「おニャン子クラブ」と「AKB48」の中間。40歳の年に、ゲームメーカーセガの社外取締役になるなど活動の幅を広げる。AKBで再びヒットを飛ばす前の力をためた期間だったらしい。とか。

今までやってきたモノが思いっきり開花される時期なんだろうね。

その3 40歳は、何をやってきたのかだと知る。
その2と言ってることとちょっとかぶちゃう感じなんだけど、結局はさ、肩書じゃなく、どこに所属していたとかそういうことに意味はなく、「何をしてきたのか」を問われる年齢に気付く時間だってこと。ありがたいことに、割とながく「人材」の仕事をさせてもらってきてたから、そういう意味じゃ、広すぎることのない沖縄ではそれなりにやってこれたんじゃないかなー。

その4 40歳は、自分の苦手なことと、得意なことがわかってくる。
今更、不得意なことに手をだしたところでゼロにすることはできるけど、卓越できないし、不得意なことは誰かと協力し、得意なことを伸ばすことを決めたほうがいいことを知る。苦手なモノがわかるくらい自分が俯瞰できてるってことじゃないですか。時間は有限だし、やることはわんさかあるんだから、

やっぱり経験にかなうものはないじゃないですか。というところに戻って来る。1000個つくった人と10個しかつくっていない人とは、いろんなことがちがってくるんじゃないかと思います。

その5 40歳は、体力がなくなってくるけど、その分ココロに余裕ができてくる。
努力してないと、体力的にもベストコンディションが保てなくなってきました。「疲労感」がなかなか取れないのです。30代前半は、眠れば疲労感はなくなっていたのですが、最近は朝起きても、まだダルイ感じが残っているようなときがあります。

その6 40歳は、家族や友達が大切になってくる。
学生時代も、仕事をしていてもたくさんの人と出会って生きてきたけど、その中で関係性が続いている人がどのくらいいるか。と言うと残念ながらそう多くはなく、結局は、自分の人生において、調子のいい時も悪いときも、自分が弱ってるときも、嬉しいときも一緒に過ごすのは、家族であり、友人なのだと思うのです。一番近くにいる人たちを大切にして生きる。それを見て育つ子どもは、苦しいときに負けないよね。これから先が、嫌じゃないんだもん。

その7 40歳は、数字の上での成功と人生の成功とは全く別物だと知る。
「大勢でいるときって何を大切にするべきなんだろう?」というのを常に考えなきゃいけなくなるんです。で、結局、答えはふたつの言葉になっちゃう。ひとつは「信頼」なの。もうひとつは「貢献」。信頼というのは、「とにかくあいつに任せよう。あいつを呼ぼう」貢献というのは、「あいつのおかげで助かってる。稼いでくれてる」で、どっちが大事かっていうと、「信頼」のほうが大事なんだな。っておもうわけ。

その8 40歳は、面白い話ができるようになる。
苦難は経験したくないかもしれないけれど、じゃあ、まったく経験しないで50歳になったひとと、経験して50歳になったひととだったら、おもしろい話がちゃんとできるのは、やっぱり… そういうことだよね。 「知っている」ということ。苦しみとか悲しみを知っている人のほうが、豊かな気がするんです。「試練は、ごほうび。」的な。 まわりから「大変ですね」と言われる経験ほど、栄養価は高い「ごほうび。」と思いたい。「後悔しない人生」なんて口じゃよく言うケド、若いころは、ほとんど理解できなかったし、ほんとに永遠に生きている様な気がしているからね。

その9 40歳は、人生ここからが「勝負」なんだと感じる。
50代へ向かう40代からの10年間では楽をせず、もがいて、たくさんの引き出しを見つけていかなければ‥‥的な何かを思っているわけですがまだ何も考えてないのが現状だったりします。(´▽`) ‘`,、’`,、

今後もまたいくつか増えていくだろうし、まだ40歳じゃないので、オンタイムになるときにもう少し変わってくるのかもしれない。

もし、ワクワクすることが見つからない人には、「絶対にやりたくないこと」は、やらないこと。逆に言えば、「絶対」という言葉がつかない程度であれば、文句を言いながらでも逃げずにやる。そうしていくうちになんとなくかもしれないけど、ワクワクすることが見つかっていくと思うのです。

人生の計画性もなく生きていたけど、個人的な思いとしては、いまは、もっといろんなことを知りたいし、50になったときに「豊か」に生きていくためには、やっぱりいろんなことを知って、豊かになること。

会話をしていて、相手に豊かさを感じてもらえる。そういう魅力を持ちたいし、貧相ではないココロを持っていたい。

おもしろさをもっと蓄えていくために、
10年、20年と、がんばりますし楽しみます。
管理人(中の人)、いやぁ、ガツガツしているわけじゃないんだけど、
食欲旺盛だねー。

2016年12月06日(金) Kin92(黄色い人 – 黄色い人 音1)