3,757 views

プロスキーヤー「三浦雄一郎」の人生を見てみる(占い鑑定)

 TOP誕生日占い個人の人生を鑑定 → 三浦雄一郎

記事公開日:2016年05月31日
最終更新日:2020年06月01日

三浦雄一郎
→ 画像検索はこちら

三浦雄一郎(みうら ゆういちろう)は、プロスキーヤー及び登山家。

1960年代後半に富士山からのスキーで滑降やエベレストのサウスコル8000m地点からのスキー滑降を成功。
1985年に世界七大陸最高峰からのスキー滑降を果たします。
その後、2003年に世界最高峰のエベレストに世界最高齢(ギネスブックに掲載)となる70歳7か月で登頂します。

このページでは三浦雄一郎の生年月日から求めた誕生日占いと、歩んだ人生と個人Kin年表との鑑定を行います。

関連記事
→ 冒険家「植村直己」の人生を見てみる

三浦雄一郎の誕生日占い(性格診断)

生年月日:1932年10月12日生まれ
誕生日から算出したツォルキンバースディはKin57(絶対拡張Kin)です。

太陽の紋章(健在意識) ウェブスペル(潜在意識) 銀河の音
赤い地球 赤い空歩く人 音5

誕生日占い(性格診断)の簡易説明

「音5」は、いつもはのんびり屋さんですが、いざとなると、底地力を発揮します。一旦ONのスイッチが入ると、行動的・積極的になり、すごいスピードで物事をこなしていきます。説得力があり、一貫性があるので、人から信頼されます。

「赤い空歩く人」は、面倒見がよく、人の助けをしたいという強い意識があります。長所を見つけ伸ばすことに長けており、パワーを発揮します。良識的な人が多く、経験重視の判断をする傾向があります。まとめ役になることも多いのが特徴です。

「赤い地球」は、人とのつながり・きづなを大事にします。人に訴えかけ心を揺れ動かす力を持っています。「きづな」を大事する姿勢と、「説得力」がある言葉と、「バランスのいい判断力」を持っているので、まわりから慕われます。

絶対拡張Kinですので世の中に物事を広めやすいです。

ひとことでいえばKin57の誕生日占いは、困難なこともポジティブに乗り越えることが出来るタイプです。平常心を保つ。母性能力ある。

アマチュアスキーのライセンスを剥奪されプロとして活躍した三浦雄一郎にぴったりのKin番号ですね

広告

三浦雄一郎の個人Kin年表と歩んだ人生を照らし合わる

青森県青森市生まれ。
幼少期は病弱だったそうです。

大学卒業直後

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1955.10.12~ 23 132 2 黄色い人 青い猿
1956.10.12~ 24 2an 3 赤い地球 青い鷲
1957.10.12~ 25 82 4 白い風 青い嵐
1958.10.12~ 26 187 5 青い手 青い夜
1959.10.12~ 27 32 6 黄色い人 青い手
1956年 北海道大学獣医学部卒業し助手となる
1958年 助手を辞めスキーに挑戦。

優勝した全日本スキー選手権青森県予選閉会式で、全日本選手権への青森県からの派遣人数をめぐりスキー連盟関係者と対立。
結局アマチュア資格を剥奪され、アマチュアスキー界永久追放になる。
この後、北アルプスの立山でボッカ(山小屋などに荷揚げをする職業)として働いていた。

ウェブスペルの色が青色の始めのことでした。
助手を辞めスキーに挑戦した年のKin番号は82。ひとことでいえば
ある分野の情報を詳しく知ることのできる年です。情報は自分で動き回って入ってきます。困ったときは自分の欠点を見直すチャンスになります。

プロスキーヤー

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1961.10.12~ 29 242 8 白い風 青い鷲
1962.10.12~ 30 87 9 青い手 青い嵐
1963.10.12~ 31 192 10 黄色い人 青い夜
1965.10.12~ 33 142 12 白い風 青い猿
1966.10.12~ 34 247 13 青い手 青い鷲
1962年 アメリカ世界プロスキー選手権に参加。プロスキーヤーとなり活躍。
1963年 猪苗代で自身初のスキー学校開設
1964年 イタリアでキロメーターランセに日本人として初参戦。時速172.084kmで世界新記録

なお、この前後に3度転倒し、「世界で最も速い速度で転倒して無傷で生還する」という珍記録も樹立している

1966年 富士山からのスキーで滑降。ブレーキとしてパラシュートを背に滑る姿は映画にも取り上げられた。

このパラシュート使用した映像から、後にパラグライダーが開発されたという。

1966年 オーストラリア大陸最高峰コジオスコから滑降。
1967年 北米大陸最高峰マッキンレーから滑降。

ウェブスペルの色が青色の後半のことでした。
富士山から滑降を成功させた年のKin番号は142。ひとことでいえば
良いことばかりは続かないと思っている年です。静止しながら望みをつなぐ。

世界七大陸最高峰からのスキー滑降

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1969.10.12~ 37 42 3 白い風 黄色い太陽
1980.10.12~ 48 157 1 赤い地球 赤い地球
1982.10.12~ 50 107 3 青い手 赤い蛇
1984.10.12~ 52 57 5 赤い地球 赤い空歩く人
1985.10.12~ 53 162 6 白い風 赤い地球
1970年 エベレストのサウスコル8000m地点からのスキー滑降を成功

ギネスブックに掲載。その映像が映画化され、アカデミー賞記録映画部門で賞を獲得した

1981年 アフリカ大陸最高峰キリマンジャロからの滑降
1983年 南極大陸最高峰ヴィンソン・マシフからの滑降
1985年 ヨーロッパ大陸最高峰エルブルス山からの滑降
1985年 南アメリカ大陸最高峰アコンカグアからの滑降

これで世界初の世界七大陸最高峰からのスキー滑降に成功
しかしその後目標を失い、不摂生な生活を送り不健康な状態となってしまう

ウェブスペルの色が黄色の始めから赤色の半ばまでの大事業でした。
世界七大陸最高峰からのスキー滑降に成功したのが52才。ちょうど個人Kin年表を1周したことになります。

登山家

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
2002.10.12~ 70 127 10 青い手 白い鏡
2007.10.12~ 75 132 2 黄色い人 青い猿
2008.10.12~ 76 237 3 赤い地球 青い鷲
2012.10.12~ 80 137 7 赤い地球 青い猿
2003年 70才でエベレスト(8848m)に登頂。当時、世界最高齢登頂記録
2008年 75才で2度目のエベレスト登頂。年齢的には歴代2位。
2009年 スキー中にバンクから飛び出し骨盤を骨折
2013年 80才で3度目のエベレスト登頂。ギネス最高年齢登頂世界記録認定。
2019年1月にアコンカグア(南米最高峰)に登頂したが途中で下山。登頂は失敗に終わった。

下山中に体調を崩し、標高6500mのキャンプ2から標高5300mのベースキャンプまではヘリコプターを使って下山した。

ウェブスペルの色が白色から青色のことでした。
3度目目のエベレスト登頂の年はkin137。ひとことでいえば
リーダーシップを影で発揮できる年です。転機が新しいものを生み出す力。

そして現在

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
2018.10.12~ 86 247 13 青い手 青い鷲
2019.10.12~ 87 92 1 黄色い人 黄色い人
2020.10.12~ 88 197 2 赤い地球 黄色い戦士
三浦雄一郎の現在は、ウェブスペルの色が黄色の変わったタイミングに当たります。
87才の時はKin92。どんな状況でもそのときに必要なことを的確にこなせる年です。

  • 音1は、迷いのない決断力のあり即断即決タイプですが、器用さに欠けるところがあります。
  • 黄色い人は、束縛を嫌い、信念を大切にして自由に生きていこうとします。没頭できる分野においての「道」を貫きます。

今必要な準備をこつこつ行うこと。

三浦雄一郎のまとめ

個人Kin年表の流れで見てみるとウェブスペルの色が

青色の始めに大学を卒業し助手になる。スキーに挑戦するもアマチュアスキー界永久追放

青色の半ばからプロスキーヤー。富士山からのスキーで滑降を行い成功させる
黄色の始めにエベレストのサウスコル8000m地点からのスキー滑降を成功
残りの黄色の期間と赤色の半ばまでかけ世界七大陸最高峰からのスキー滑降に成功

白色の後半から2度目の青色にかけてエベレストに3度登頂

父の三浦敬三も山岳スキーヤーでした。
三浦雄一郎の二男の三浦豪太はリレハンメルオリンピック・長野オリンピック出場したフリースタイルスキー・モーグル選手です。
普通はアマチュアスキー界永久追放でその道から挫折しますがそれを跳ねのけた人生でした。ツォルキンバースデーが関係しているのでしょう。

参考資料

☆いろいろ書きましたがすべて個人的な見解になります。

自分で検証を行うには・・・

個人イメージ

あなたのKinを調べる (誕生日占い)

誕生日からKin番号を求め、対応する銀河の音とウェブスペル、太陽の紋章の詳細表示を行う占いです。ご自身のもっているエネルギーに気付きや再確認することがある事と思います。

続きを読む

個人Kin年表

個人Kin年表 (人生占い)

誕生日ごとに回ってくるKin番号が、その年のKin番号になり、1年間影響を受けることになります。入力フォームに名前と生年月日を入力するとメールで個人Kin年表を返信します。

続きを読む

関連記事(偉人など個人の投稿順)

ジュディ・オング
ジュディ・オングは、台湾出身の歌手、女優。劇団ひまわりに入団し子役として活動。その後、「魅せられて」が大ヒットしブレイク。香港版『おしん』の主題歌「信」が東南アジア全域で大ヒット。

続きを読む


来生たかお
来生たかお(きすぎ たかお)、日本のシンガーソングライター、作曲家。歌手活動と同時に、姉・来生えつことのコンビを主軸に作曲家としても活動。「セーラー服と機関銃」「セカンド・ラブ」などが代表曲。

続きを読む


大倉喜七郎
大倉喜七郎(おおくら きしちろう)は、日本の実業家。大倉財閥2代目総帥。戦後の公職追放、財閥解体などの難局に直面しながらも、日本のホテル業に大きな足跡を残しました。

続きを読む


鈴木宗男
鈴木宗男(すずき むねお)は、日本の政治家。第2次橋本内閣改造内閣で北海道・沖縄開発庁長官に就任し初入閣。ムネオハウスの疑惑を発端として数々の疑惑で失脚。その後、新党大地を結党し衆議院議員に返り咲き。

続きを読む


松山千春
松山千春(まつやま ちはる)は、日本の歌手。北海道出身。代表曲に「大空と大地の中で」「季節の中で」「長い夜」「君を忘れない」などあります。

続きを読む


偉人など個人の一覧はこちら

関連記事 (Kin057)

野村萬斎
野村萬斎(のむら まんさい)は、狂言方和泉流の能楽師、俳優。端正な顔立ちから「狂言界のプリンス」と呼ばれる、日本を代表する狂言役者の一人です。

続きを読む


高橋大輔
高橋大輔(たかはし だいすけ)は、日本のフィギュアスケート選手。愛称は「大ちゃん」。2000年代から2010年代にかけて活躍。2010年のバンクーバ五輪で銅メダルを獲得。2010年フィギュアスケート世界王者。

続きを読む


淀川長治
淀川長治(よどがわ ながはる)は、雑誌編集者、映画解説者、映画評論家。約32年にわたって「日曜洋画劇場」の解説を務め、その独特の語り口からサヨナラおじさんとして親しまれました。

続きを読む


ヒャダイン
ヒャダインこと前山田健一(まえやまだ けんいち)は日本のミュージシャン。ニコニコ動画へゲームのアレンジ局や自作曲を投稿。ミリオン再生を続出させ謎のクリエーターとして世界的に注目を集めます。

続きを読む


西原理恵子
西原理恵子(さいばら りえこ)は、日本の漫画家。絵柄は基本的に非常にラフ。型破りなエッセイ漫画や情緒あふれる作品などで評価を得ます。代表作は『ぼくんち』、『毎日かあさん』など多数。

続きを読む


関連記事 (アスリート)

皆川夏穂、杉本早裕吏、松原梨恵、畠山愛理、横田葵子、熨斗谷さくら
リオデジャネイロ五輪で新体操に内定している皆川夏穂、杉本早裕吏、松原梨恵、畠山愛理、横田葵子、熨斗谷さくらの6名の生年月日から求めた誕生日占いと相性占いを行います。

続きを読む


アントニオ猪木
ジャイアント馬場とアントニオ猪木は元プロレスラー。力道山率いる日本プロレスに所属していたが、全日本プロレスと新日本プロレスを立ち上げた。

続きを読む


野口みずき
野口みずき(のぐち みずき)は、女性陸上競技(長距離走・マラソン)元選手。2004年アテネ五輪マラソン競技の金メダリスト。現在のマラソン女子日本記録保持者。

続きを読む


古橋廣之進
古橋廣之進(ふるはし ひろのしん)は、日本の水泳選手、スポーツ指導者。戦後、自由形で世界新記録を連発。「フジヤマのトビウオ」と呼ばれ、戦後日本の復興のシンボルとなった人物。

続きを読む


金栗四三
金栗四三(かなくり しそう)は、日本のマラソン選手、師範学校教師。箱根駅伝の開催に尽力。日本で高地トレーニング導入など日本マラソン界に大きく寄与。「マラソンの父」と称されます。

続きを読む




sponsordLink



コンテンツ一覧

調べる

知 る

楽しむ

参加する

聞く

なんとなく

メルマガ

おすすめ人気記事