1,317 views

冒険家「植村直己」の人生を見てみる(占い鑑定)

 TOP誕生日占い個人の人生を鑑定 → 植村直己

記事公開日:2016年05月30日
最終更新日:2017年06月28日

植村直己
→ 画像検索はこちら

植村直己(うえむら なおみ)は、登山家、冒険家。1984年に国民栄誉賞を受賞。

世界初の五大陸最高峰登頂者であり、アマゾン河6,000km単独でいかだ下り。犬ぞりで北極点到達を単独行。
世界の自然相手に大冒険を行った人物です。植村直己の場合、単独で行う登山や冒険が多い特徴があります。

このページでは植村直己の生年月日から求めた誕生日占いと、歩んだ人生と個人Kin年表との鑑定を行います。

植村直己の誕生日占い(性格診断)

生年月日:1941年2月12日生まれ
誕生日から算出したツォルキンバースディはKin240です。

太陽の紋章(健在意識) ウェブスペル(潜在意識) 銀河の音
黄色い太陽 青い鷲 音6

誕生日占い(性格診断)の簡易説明

「音6」は、沈着冷静で周囲に惑わされることが少ないマイペースさんです。自分の世界を大事にするように、相手の世界も大事にしようと思う人です。束縛されることを嫌います。冷静沈着で危機的状況や連携が必要なときには、存在感が増します。

「青い鷲」は、「勘」が働く直感型の人です。観察力にすぐれ、常にその先を意識しており、戦略や戦術にすぐれています。物事を常に客観的に見れる人です。知性も高く若干手厳しい面があります。小さいころは大人びいて見られることも多いようです。

「黄色い太陽」は、小さい頃からしっかり者で明るく、決めたことは最後までやりとおします。「責任」に反応しますので、物事をまかされると力を発揮します。自分中心(太陽中心)と無意識で思っているようで、 多少のことは気にしません。

ひとことでいえばKin240の誕生日占いは、観察力および洞察力に優れ、マイペースを貫くタイプです。動揺しがちなときは、立ち止まり様子をうかがう。

植村直己は冒険家に必要な資質は何ですかの質問に「臆病者であることです」と答えています。Kin240はまさにぴったしな番号と言えます

広告

植村直己の個人Kin年表と歩んだ人生を照らし合わる

実家は兵庫県の農家。少年期より同郷の加藤文太郎(登山家)に憧れ、但馬の嶺々への山行を行っていた。

学生時代

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1959.2.12~ 18 50 11 白い犬 黄色い太陽
1960.2.12~ 19 155 12 青い鷲 黄色の種
1961.2.12~ 20 260 13 黄色い太陽 黄色い星
1962.2.12~ 21 105 1 赤い蛇 赤い蛇
1963.2.12~ 22 210 2 白い犬 赤い月
1964.2.12~ 23 55 3 青い鷲 赤い空歩く人
1959年 高等学校卒業後に就職する
1960年 明治大学に入学。山岳部に入る。入部してからは登山に没頭。
1964年 明治大学卒業。就職に失敗し海外にわたり資金を稼ぎながら登山活動を志す。

ウェブスペルの色が黄色の後半から赤色の始め頃の話でした。大学時代は黒Kinだらけですね。

五大陸最高峰登頂者

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1966.2.12~ 25 5 5 赤い蛇 赤い竜
1967.2.12~ 26 110 6 白い犬 赤い蛇
1968.2.12~ 27 215 7 青い鷲 赤い月
1969.2.12~ 28 60 8 黄色い太陽 赤い空歩く人
1970.2.12~ 29 165 9 赤い蛇 赤い地球
1966年 モンブランに単独登頂
1966年 キリマンジャロに単独登頂
1968年 アコンカグアに単独登頂
1968年 アマゾン河6,000km単独いかだ下り
1970年 エベレスト登頂(松浦輝男とともに日本人初登頂)
1970年 マッキンリーに単独登頂。世界初の五大陸最高峰登頂者となる。

五大陸最高峰とは、
アジア大陸:エベレスト
ヨーロッパ大陸:モンブラン
北アメリカ大陸:マッキンリー
南アメリカ大陸:アコンカグア
アフリカ大陸:キリマンジャロ
東西冷戦の終結の後、旧ソビエトへの山が増え現在はヨーロッパ最高峰は、エルブルス山とするのが一般的。

ウェブスペルの色が赤色の半ばのことでした。
五大陸最高峰登頂者となった年には黒Kinが表れていますね。
この年のKin番号は165。ひとことでいえば、

繊細なタイプでロマンチストです。心から交流を意識しましょう。主導権を握ると相手にゆずることができる。

犬ゾリ

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1971.2.12~ 30 10 10 白い犬 赤い竜
1972.2.12~ 31 115 11 青い鷲 赤い蛇
1973.2.12~ 32 220 12 黄色い太陽 赤い月
1974.2.12~ 33 65 13 赤い蛇 赤い空歩く人
1975.2.12~ 34 170 1 白い犬 白い犬
1971年 冬季のグランド・ジョラス(ヨーロッパ・モンブラン山の山塊)北壁完登
1971年 日本列島3,000kmを徒歩で縦断
1972年 グリーンランド3,000km犬ゾリ単独行
1974年 北極圏12,000km犬ゾリ単独行

ウェブスペルの色が赤色の後半のことでした。
グリーンランド3,000km犬ゾリ単独行した年に黒Kinが表れています。
この年のKin番号は115。ひとことでいえば
過去を振り返らないで突き進む年です。先が見えなくてもあせってはいけない。

日本列島を徒歩で横断したのは北海道稚内を出たのが8月30日。
鹿児島に到着したのは10月20日。2カ月弱かかったそうです。

北極点到達

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1976.2.12~ 35 15 2 青い鷲 白い魔法使い
1977.2.12~ 36 120 3 黄色い太陽 白い鏡
1978.2.12~ 37 225 4 赤い蛇 白い風
1979.2.12~ 38 70 5 白い犬 白い世界の橋渡し
1980.2.12~ 39 175 6 青い鷲 白い犬
1976年 エルブルス山に登頂
1978年 ナショナルジオグラフィック協会からも資金提供を受け、犬ゾリ単独行で北極点到達(単独到達世界初)
1978年 犬ゾリ単独行でグリーンランド縦断成功
1980年 エベレストの厳冬期登頂。登攀隊員の事故死、悪天候により登頂を断念

ウェブスペルの色が白色の前半のことでした。
犬ゾリ単独行で北極点到達した年のKin番号は225。
言いたいことを言い過ぎる。攻撃は強いが防御は弱い年です。困難を克服しなければ活力と達成感は得られない年です。

遭難

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1982.2.12~ 41 125 8 赤い蛇 白い鏡
1983.2.12~ 42 230 9 白い犬 白い風
1984.2.12~ 43 75 10 青い鷲 白い世界の橋渡し
1982年 積年の夢だった南極点単独犬ぞり探検。アルゼンチン軍の協力を得られたがフォークランド紛争により断念。
1984年 世界初のマッキンリー冬期単独登頂

1984年の43歳の誕生日に世界初のマッキンリー冬期単独登頂を果たすが、翌日の交信以降は連絡が取れなくなり消息不明となった。
最後の交信で消息が確認された1984年2月13日を植村の命日とした。享年43。 1984年 国民栄誉賞を受賞

ウェブスペルの色が白色の半ばのことでした。

その後

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1994.2.12~ 53 85 7 赤い蛇 青い嵐
1995.2.12~ 54 190 8 白い犬 青い夜
1996.2.12~ 55 35 9 青い鷲 青い手
1994年 故郷である豊岡市日高町の神鍋高原に植村直己冒険館が開館。
1996年 植村直己冒険賞が設けられる

亡くなった後に、植村直己冒険館が開館したのはウェブスペルの色が青色でした。
黒Kinも表れていますね。

植村直己のまとめ

個人Kin年表の流れで見てみるとウェブスペルの色が

黄色の後半に大学生活
赤色の前半には世界初の五大陸最高峰登頂者となります。
赤色の後半には犬ゾリでグリーンランドや北極圏を単独行します
白色の前半には犬ゾリで北極圏到達
白色の半ばに世界初のマッキンリー冬期単独登頂後に消息を絶ちます。

エベレスト登頂の際はNHKから渡されていた最新型のビデオカメラを山頂に置いていった。
その後、カメラは日本の第二次登頂隊によって発見され、無事に日本に戻ってきたそうです。

参考資料

☆いろいろ書きましたがすべて個人的な見解になります。

自分で検証を行うには・・・

個人イメージ

あなたのKinを調べる (誕生日占い)

誕生日からKin番号を求め、対応する銀河の音とウェブスペル、太陽の紋章の詳細表示を行う占いです。ご自身のもっているエネルギーに気付きや再確認することがある事と思います。

続きを読む

個人Kin年表

個人Kin年表 (人生占い)

誕生日ごとに回ってくるKin番号が、その年のKin番号になり、1年間影響を受けることになります。入力フォームに名前と生年月日を入力するとメールで個人Kin年表を返信します。

続きを読む

関連記事(偉人など個人の投稿順)

志位和夫
志位和夫(しい かずお)は、日本の政治家。衆議院議員(通算8期)。35歳の若さで日本共産党書記局長になり、2000年より日本共産党の委員長を務めています。

続きを読む


渡邉恒雄
渡邉恒雄(わたなべ つねお)は、新聞記者、実業家。株式会社読売新聞グループ本社代表取締役主筆。「ナベツネ」の通称で知られます。

続きを読む


小林富次郎
小林富次郎(こばやし とみじろう)は、実業家。ライオン株式会社の創業者。熱心なクリスチャンで、「そろばんを抱いた宗教家」といわれます。

続きを読む


正力松太郎
正力松太郎(しょうりき まつたろう)は、日本の内務官僚、実業家、政治家。元読売新聞社社主。読売新聞社の経営者として、新聞部数拡大に成功した、読売中興の祖です。

続きを読む


ジョン・F・ケネディ
ジョン・フィッツジェラルド・ケネディは、アメリカの政治家。第35代アメリカ合衆国大統領。在任中の1963年11月22日にテキサス州ダラスで暗殺された。

続きを読む


偉人など個人の一覧はこちら

関連記事 (アスリート)

谷亮子
谷亮子は、元柔道選手、政治家。柔道選手としてはオリンピックで2度、世界選手権で7度金メダルを獲得。引退後、2010年の第22回参議院選挙で民主党の比例候補として当選し政界入りします。

続きを読む


曙太郎
貴乃花と曙は元大相撲の横綱。当時の2人の戦いは大相撲界で「曙貴(あけたか)時代」と呼ばれ、千秋楽結びの対戦回数は27回で史上1位。ライバルとして大相撲界を盛り上げました。

続きを読む


スタルヒン
ヴィクトル・スタルヒンは、ロシア帝国生まれ、北海道育ちのプロ野球選手(投手)。旭川市民にとってスタルヒンは伝説的な英雄で、旭川市営球場の愛称には「スタルヒン球場」が命名された。

続きを読む


田中和仁、田中理恵、田中佑
両親が体操選手であり、三兄弟でロンドンオリンピック代表入りした田中和仁、田中理恵、田中佑典。末弟の田中佑典はリオデジャネイロオリンピックにも内定しています。

続きを読む


大仁田厚
大仁田厚(おおにた あつし)は、、日本のフリーレスラー、元参議院議員、タレント、俳優としても活躍。全日本プロレスで活躍。引退後にFMWを立ち上げ電流デスマッチでブレイクします。

続きを読む


関連記事 (国民栄誉賞)

松井秀喜
松井秀喜(まつい ひでき)は、元プロ野球選手(外野手)。愛称は「ゴジラ」。1990年代から2000年代の球界を代表する長距離打者で、日本とアメリカの球団で活躍します。

続きを読む


長嶋茂雄
長嶋茂雄(ながしま しげお)は、元プロ野球選手(内野手)・プロ野球監督。読売ジャイアンツ終身名誉監督。2013年、国民栄誉賞を受賞した。

続きを読む


伊調千春と伊調馨
伊調千春と伊調馨は姉妹で女子レスリングの選手です。伊調千春はアテネ、北京五輪女子48kg級銀メダリスト。伊調馨はアテネ、北京、ロンドンの五輪女子63kg級金メダリスト。あだ名は「きんさんぎんさん」。

続きを読む


伊調馨
伊調馨(いちょう かおり)は、女子レスリング選手。女子個人として世界初のオリンピック4連覇を成し遂げ、2016年に国民栄誉賞を受賞しました

続きを読む


渥美清
渥美清は、コメディアン、俳優。山田洋次監督の映画『男はつらいよ』シリーズにおいて、主演の車寅次郎役を27年間48作に渡って演じた。亡くなった後に国民栄誉賞を授与された。

続きを読む




sponsordLink



コンテンツ一覧

調べる

知 る

楽しむ

参加する

聞く

なんとなく

メルマガ

おすすめ人気記事