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津田塾大学の「津田梅子」の人生を見てみる(占い鑑定)

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記事公開日:2016年03月17日
最終更新日:2017年07月05日

津田梅子
出典:wikimedia.org

津田 梅子(つだ うめこ)は、日本の教育者であり女子教育の先駆者。

幼少期に岩倉使節団に随行して渡米。その後学校で教鞭をとり、1900年に女子英学塾(現在の津田塾大学)を創設させました。

このページでは津田梅子の生年月日から求めた誕生日占いと、歩んだ人生と個人Kin年表との鑑定を行います。

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津田梅子の誕生日占い

生年月日:1864年12月31日

誕生日から算出したツォルキンバースディはKin17です。

太陽の紋章(健在意識) ウェブスペル(潜在意識) 銀河の音
赤い地球 白い魔法使い 音4
ガイドをしてしてくれる ガイドkin 赤い空歩く人
互いに学びあう 反対kin 青い手
互いに秘かれあう 神秘kin 黄色い種
以てるもの同士の類似kin 白い風
鏡の向こうのもう一人の自分 kin244
絶対反対kin kin147

誕生日占い(性格診断)の簡易説明

「音4」は、職人肌で玄人さんです。自分自身の内面を掘り下げることに長け、勉強・探究に励む人です。周りから理解され難い面を持っていますが、人の目に触れないところで、その発想やひらめきを形にしていきます。地に足がついたようにどっしりとした道を究めた感じの安定感を持っています。

「白い魔法使い」は、人の気持ちを軽くすることができる人です。人をやさしい気持ちに変えたり、穏やかな気分にさせたり、ココロが軽くなったりし、癒され魅了される人も多いはず。常にベストを尽くし、真面目に取り組み好印象で、きっちり仕事をする人です。手を抜けない頑張り屋さんです。

「赤い地球」は、人とのつながり・きづなを大事にします。人に訴えかけ心を揺れ動かす力を持っています。「きづな」を大事する姿勢と、「説得力」がある言葉と、「バランスのいい判断力」を持っているので、まわりから慕われます。

ひとことでいえばKin17の誕生日占いは、他人との共感をきっかけに行動することで運が開けるタイプです。一旦重荷をおろして再スタートすること。

音4の勉強・探究に励む人というのは津田梅子が何度も海外留学を行っていたのを見るとピッタリですね。

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津田梅子の個人Kin年表とその生涯を照らし合わる

津田梅子は旧幕臣の津田仙の次女として江戸で生まれます。
父は幕府崩壊で職を失いますが、明治4年に津田仙は明治政府の事業である北海道開拓使の嘱託となります。
開拓使次官の黒田清隆は女子教育にも関心を持っていた人物で、仙は黒田が企画した女子留学生に梅子を応募させ留学の運びとなります。

アメリカ留学

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1870.12.31~ 6 127 10 青い手 白い鏡
1872.12.31~ 8 77 12 赤い地球 白い世界の橋渡し
1881.12.31~ 17 242 8 白い風 青い鷲

1871年 岩倉使節団に随行して渡米
1873年 フィラデルフィアの独立教会で洗礼を受ける
1882年 帰国

父が女子教育に興味のあった黒田清隆が企画した女子留学生に梅子を応募させる。
5人のうち最年少の満6歳であった。現地の初等・中等教育を受けます。
岩倉使節団には木戸孝允大久保利通伊藤博文など明治政府の大物が一緒でした。

ウェブスペルの色が白色の後半から青色の半ばのことでした。

帰国後の活動

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1882.12.31~ 18 87 9 青い手 青い嵐
1883.12.31~ 19 192 10 黄色い人 青い夜
1884.12.31~ 20 37 11 赤い地球 青い手
1883年 伊藤博文宅に住み込み、通訳兼家庭教師となる。
1884年 桃夭女塾で英語を教える。伊藤家を出る。
1885年 華族女学校に奉職。

幼少からの長い留学生活で日本語能力はむしろ通訳が必要なほどになってしまい、日本的風習にも不慣れであった。
梅子は華族女学校で3年余り教えているが、上流階級的気風には馴染めなかったと言われ、この頃には何度か薦められていた縁談も断っている。
生涯独身だったそうです。

ウェブスペルの色が青色の中ころから終わりのことでした。

ふたたび留学

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1888.12.31~ 24 197 2 赤い地球 黄色い戦士
1889.12.31~ 25 42 3 白い風 黄色い太陽
1890.12.31~ 26 147 4 青い手 黄色の種
1891.12.31~ 27 252 5 黄色い人 黄色い星
1889年 再びアメリカに行き、9月、ブリンマー大学へ入学。生物学を専攻する。
1891年 1月から半年間、オズウィーゴー師範学校で教授法を学ぶ。
1892年 帰国。華族女学校の教授に戻る。

ウェブスペルの色が黄色の前半のことでした。

「女子英学塾」を開校まで

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1893.12.31~ 29 202 7 白い風 黄色い戦士
1897.12.31~ 33 102 11 白い風 黄色い人
1898.12.31~ 34 207 12 青い手 黄色い戦士
1899.12.31~ 35 52 13 黄色い人 黄色い太陽
1894年 明治女学院でも講師を務める
1898年 女子高等師範学校教授を兼任
1900年 全ての官職を辞めて「女子英学塾」を開校。このとき塾生は10人。

1899年に成瀬仁蔵の女子大学創設運動や高等女学校令、私立学校令がそれぞれ公布されて法整備が整い、女子教育への機運が高まる。

ウェブスペルの色が黄色の中ころから終わりのことでした。

「女子英学塾」を開校のあと

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1902.12.31~ 38 107 3 青い手 赤い蛇
1904.12.31~ 40 57 5 赤い地球 赤い空歩く人
1918.12.31~ 54 227 6 青い手 白い風
1928.12.31~ 64 237 3 赤い地球 青い鷲
1903年 専門学校令が公布され「塾」を「社団法人」とする。第一回卒業式を行い8名の卒業生を出す
1905年 女子英学塾が英語科教員無試験検定取り扱い許可を受ける
1919年 塾長を辞任する。梅子は塾の創業期に健康を損っていたが塾経営の基礎が整うまで辞任を伸ばしていた。
1929年 長期の闘病後に脳出血で死去する

ウェブスペルの色が赤色から白色の中ころまで「女子英学塾」の塾長をしていました。

このあと女子英学塾は津田英学塾と改名するも、校舎は後に戦災で失われ、津田塾大学として正式に落成・開校したのは没後19年目の昭和23年(1948年)のことでした。

津田梅子のまとめ

個人Kin年表の流れで見てみるとウェブスペルの色が

白色の後半から青色の半ばに渡米し初等・中等教育を受けます。
青色の半ばから女学校で教鞭をとります。
黄色の始めに再度留学し、帰国後は女学校で教鞭をとります。
赤色に「女子英学塾」の仕事に従事します。
2度目の白色の半ばから長期の闘病生活となり亡くなります。

岩倉使節団に随行した5人のうち2人はすぐに帰国。残った3人が津田梅子、山川捨松(のちの大山捨松)、永井繁子(のちの瓜生繁子)。
この3人は生涯親しくしており、梅子が「女子英学塾」(現在の津田塾大学)を設立する際に二人は助力したそうです。

参考資料

☆いろいろ書きましたがすべて個人的な見解になります。

自分で検証を行うには・・・

個人イメージ

あなたのKinを調べる (誕生日占い)

誕生日からKin番号を求め、対応する銀河の音とウェブスペル、太陽の紋章の詳細表示を行う占いです。ご自身のもっているエネルギーに気付きや再確認することがある事と思います。

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個人Kin年表

個人Kin年表 (人生占い)

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