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アイーン「志村けん」の人生を見てみる(占い鑑定)

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記事公開日:2016年05月17日
最終更新日:2017年04月28日

志村けん

志村けんは、コメディアン、お笑いタレント、司会者。ザ・ドリフターズのメンバー。

ドリフの付き人から始まり、メンバーになり、8時だよ全員集合が終了したあと冠番組を持ちます。
その後、数年間に渡り露出が少なくなり低迷期を迎えます。
1997年後半以降、バラエティ番組のゲストとして呼ばれることが多くなり、再度人気に拍車がかかります。

このページでは志村けんの生年月日から求めた誕生日占いと、歩んだ人生と個人Kin年表との鑑定を行います。

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志村けんの誕生日占い(性格診断)

生年月日:1950年2月20日生まれ
誕生日から算出したツォルキンバースディはKin153(黒Kin)です。

太陽の紋章(健在意識) ウェブスペル(潜在意識) 銀河の音
赤い空歩く人 黄色い種 音10

誕生日占い(性格診断)の簡易説明

「音10」は、見えない部分で力を発揮し、土台を作成する能力に長けています。誰かが出したアイディアを形にするのも得意です。プロデュースやアドバイザーに向いていますが、若干緻密さにかける一面があります。人格的で従順な人が多く、おおらかな反面スピード感が無く思われがちです。

「黄色い種」は、「物事の根本的な原因」「本質」「理屈」を最初から納得できるまで追究したくなる人です。理屈で物事を考える人です。相手にも自分にも、気づかせたい、気づきたい。と思っています。他人の良いところを見つけ開花させるのも得意です。

「赤い空歩く人」は、面倒見がよく、人の助けをしたいという強い意識があります。長所を見つけ伸ばすことに長けており、パワーを発揮します。良識的な人が多く、経験重視の判断をする傾向があります。まとめ役になることも多いのが特徴です。

黒Kinですので周囲に強い影響を与えます。

一言でいえばKin153の志村けんは、自信のあるふりをすることで後から自信が備わるタイプです。血気さかんな時こそ、来るべき事態に備えることが大事です。

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志村けんの個人Kin年表と歩んだ人生を照らし合わる

ドリフの付き人時代

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1968.2.20~ 18 223 2 青い夜 白い風
1969.2.20~ 19 68 3 黄色い星 白い世界の橋渡し
1970.2.20~ 20 173 4 赤い空歩く人 白い犬
1971.2.20~ 21 18 5 白い鏡 白い魔法使い
1972.2.20~ 22 123 6 青い夜 白い鏡
1968年 高校卒業間際にドリフの付き人になる。

加藤茶の付き人となるが、1年余りで一度脱走。
アルバイトをしたりしていたが、加藤に頼み、いかりやへ口添えしてもらい出戻りを認めてもらう。
その後しばらく加藤の付き人兼加藤家居候となる。

1972年 井山淳とお笑いコンビ・マックボンボンを結成し、芸能界デビュー

ウェブスペルの色が白色の始めころにドリフの付き人になります。
脱走していたのは20才のころ、黒Kinが表れていますね。
このKin173の年を一言でいえば、「自分は何を求めているかを探し、求めることをする年です。順序良く進む。進む前に一人で歩けるように。」
脱走していた時に考えていたんでしょうね。

ドリフの正式メンバー

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1973.2.20~ 23 228 7 黄色い星 白い風
1974.2.20~ 24 73 8 赤い空歩く人 白い世界の橋渡し
1975.2.20~ 25 178 9 白い鏡 白い犬
1976.2.20~ 26 23 10 青い夜 白い魔法使い
1973年 「メンバー見習い」の扱いでドリフに加入する
1974年 荒井注が脱退し、4月1日に正式にドリフのメンバーとなる

ドリフの正式メンバーとなるが、2年ほどギャグがあまり受けずに苦しみます

1976年 「東村山音頭」を歌う。これをきっかけに一躍人気者となる

ウェブスペルの色が白色の半ばにドリフの正式メンバーになります。
「東村山音頭」を歌い人気者となった1976年はKin23。
一言でいえば「夢見るものを形に出来る年です。自分を信じましょう。勢いが増しているときこそタヅナを引き締めることが大事です。」
まさにぴったしの年だったといると思います。

ドリフの人気もの

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1979.2.20~ 29 78 13 白い鏡 白い世界の橋渡し
1980.2.20~ 30 183 1 青い夜 青い夜
1981.2.20~ 31 28 2 黄色い星 青い手
1982.2.20~ 32 133 3 赤い空歩く人 青い猿
1979年 加藤茶との「ヒゲダンス」で人気を博す
1980年 童謡『七つの子』の替え唄、カラスの勝手でしょ~で人気ものになる

1970年代の後半に番組で沢田研二とよく共演していた。
志村は男性の友人で付き合いの長い人物は極めて少ない方でだが、沢田とは親友付き合いしている。

ドリフで不動の人気者となった頃にウェブスペルの色が青色に変わります。
この時期が志村けんの1回目の人気のピークだったといえます。

冠番組を持つ人気もの

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1985.2.20~ 35 188 6 黄色い星 青い夜
1986.2.20~ 36 33 7 赤い空歩く人 青い手
1987.2.20~ 37 138 8 白い鏡 青い猿
1988.2.20~ 38 243 9 青い夜 青い鷲
1989.2.20~ 39 88 10 黄色い星 青い嵐
1985年 「8時だよ全員集合!」が終了。
1986年 「加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ」、「志村けんの失礼しまぁーす!」、開始
1987年 「志村けんのだいじょうぶだぁ」開始

現在も続く「志村けんのバカ殿様」などで、ドリフメンバー以外との活動が多くなる。
この頃から「変なおじさん」に代表される、ドリフとは一線を画した独自のコントスタイルを確立する

ウェにスペルの色が青色の半ばに自身の名を持つ冠番組が開始されます。
1987年のKin138はざっくりいうと、「自分と人の世界の調和を重んじる年です。転機が新しいものを生み出します。」
他の人たちとの交流が深まり新しいコントスタイルを確立したこの頃、志村けんは第2の人気のピークだったといえます。

低迷期

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1992.2.20~ 42 143 13 青い夜 青い猿
1993.2.20~ 43 248 1 黄色い星 黄色い星
1994.2.20~ 44 93 2 赤い空歩く人 黄色い人
1995.2.20~ 45 198 3 白い鏡 黄色い戦士
1996.2.20~ 46 43 4 青い夜 黄色い太陽
1992年頃から数年間に渡り露出が少なくなり一時的な低迷期を迎える。
1996年にはゴールデンタイムのレギュラー番組を失う。

1996年9月頃、突如として「志村けん死亡説」が全国的に流布する。

低迷期の時期はちょうどウェブスペルの色が黄色に変わったタイミングでした。
死亡説が流れた1996年には黒Kinが表れていますね。

第3の人気のピーク

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1997.2.20~ 47 148 5 黄色い星 黄色の種
1998.2.20~ 48 253 6 赤い空歩く人 黄色い星
1999.2.20~ 49 98 7 白い鏡 黄色い人
2004.2.20~ 54 103 12 青い夜 黄色い人
2005.2.20~ 55 208 13 黄色い星 黄色い戦士
1997年後半以降、バラエティ番組のゲストとして呼ばれることが多くなります。第3の人気ピークを迎える。

1990年代半ばあたりまでの志村は非常に照れ屋で、フリートークが苦手だったため、トーク主体のバラエティ番組への出演はほとんどなかった。

2004年 自身がMCを務める動物バラエティ番組『天才!志村どうぶつ園』がスタート。現在では動物愛好家としても知られています。

ウェブスペルの色が黄色の半ばから終わりにかけてのことでした。
バラエティ番組のゲストとして呼ばれることが多くなった年に黒Kinが表れていますね。
この年はKin148。一言でいえば、「仕事はでき、お金周りも良い、異性がいない年です。恵まれていない人を大切にすることで道が開かれる年です。」

そして現在

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
2016.2.20~ 66 63 11 青い夜 赤い空歩く人
2017.2.20~ 67 168 12 黄色い星 赤い地球
2018.2.20~ 68 13 13 赤い空歩く人 赤い竜
志村けんの現在は、ウェブスペルの色が赤色の最後付近に当たります。
67才の時はKin168。感謝の念が大きな心の支えになる年です。

  • 音12は、人から相談されたり、頼られたり、組織や集団の中で「相談役」になることが多いです。
  • 黄色い星は、職人気質で、プロ意識を持ち、やるからには、完璧にやり遂げたいというゆずれない頑固さをもってます。
  • 赤い地球は、人とのつながり・きづなを大事にします。人に訴えかけ心を揺れ動かす力を持っています。
  • 黒Kinですので1年間強いエネルギーの出入りがあります。

主導権を握ると相手にゆずることができる。

志村けんのまとめ

個人Kin年表の流れで見てみるとウェブスペルの色が

白色のドリフに入り、人気者になる
青色に冠番組を持つほどの人気者になる
黄色の前半に低迷期。露出が低くなる。
黄色の半ばにバラエティ番組に呼ばれることが多くなる。冠番組も持つようになる。

志村けんといえば、スイカを異常に速く食べる芸がありますが、ドリフ時代はテレビに映らない裏側部分が削り取られており、身の部分は非常に薄い物だったそうです。
しかし『めちゃ×2イケてるッ!』の放送でで通常のスイカでも早食いができることを証明したそうです。

参考資料

☆いろいろ書きましたがすべて個人的な見解になります。

自分で検証を行うには・・・

個人イメージ

あなたのKinを調べる (誕生日占い)

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個人Kin年表

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