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板画家・棟方志功の誕生日占いと人生

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棟方志功

棟方志功(むなかた しこう)は、青森県出身の板画家。20世紀の美術を代表する世界的巨匠の一人。

版画を「板画」と称し、木版の特徴を生かした作品を一貫して作り続けました。

このページでは棟方志功の生年月日から求めた誕生日占いと、歩んだ人生と個人Kin年表との鑑定を行います。

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棟方志功の誕生日占い(性格診断)

生年月日:1903年9月5日

誕生日から算出したツォルキンバースディはKin95(絶対拡張Kin)です。

太陽の紋章(健在意識) ウェブスペル(潜在意識) 銀河の音
青い鷲 黄色い人 音4
ガイドをしてしてくれる ガイドkin 青い猿
互いに学びあう 反対kin 赤い蛇
互いに秘かれあう 神秘kin 白い世界の橋渡し
以てるもの同士の類似kin 黄色い種
鏡の向こうのもう一人の自分 kin166
絶対反対kin kin225

誕生日占い(性格診断)の簡易説明

「音4」は、職人肌で玄人さんです。自分自身の内面を掘り下げることに長け、勉強・探究に励む人です。周りから理解され難い面を持っていますが、人の目に触れないところで、その発想やひらめきを形にしていきます。地に足がついたようにどっしりとした道を究めた感じの安定感を持っています。

「黄色い人」は、束縛を嫌い、信念を大切にして自由に生きていこうとします。没頭できる分野においての「道」を貫き、極めることが出来るずば抜けた才能を持っており、理解力・吸収力が秀でています。

「青い鷲」は、「勘」が働く直感型の人です。観察力にすぐれ、常にその先を意識しており、戦略や戦術にすぐれています。物事を常に客観的に見れる人です。知性も高く若干手厳しい面があります。小さいころは大人びいて見られることも多いようです。

絶対拡張Kinですので世の中に物事を広めやすいです。

ひとことでいえばKin95の誕生日占いは、大らかな気持ちを誰に対しても発揮できるタイプです。誠心誠意生きなさい。

版画家という特殊な世界で大成した棟方志功は絶対拡張Kinを持っていると思っていましたが正解でした。

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棟方志功の個人Kin年表と歩んだ人生を照らし合わる

青森の鍛冶屋の家の三男坊として生まれます。
豪雪地帯出身のため、囲炉裏の煤で眼を病み、以来極度の近視となります。
少年時代にゴッホの絵画を見て感動し芸術家になることを目指します。

上京

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1924.9.5~ 21 220 12 黄色い太陽 赤い月
1925.9.5~ 22 65 13 赤い蛇 赤い空歩く人
1926.9.5~ 23 170 1 白い犬 白い犬
1927.9.5~ 24 15 2 青い鷲 白い魔法使い
1928.9.5~ 25 120 3 黄色い太陽 白い鏡
1924年に上京します。帝展や白日会展などに油絵を出品するが、落選が続きます。

1926年に川上澄生が作の版画「初夏の風」を見て感激し版画家になることを決意します。

1928年に、第9回帝展に「雑園」(油絵)を出品し、入選を果たします。

ウェブスペルの色が赤色の最後付近に上京し展覧会に出品するが落選が続きます。
白色の始めの年に版画「初夏の風」を見て感激し版画家になることを決意します。
白色の前半に第9回帝展で「雑園」(油絵)が入選します。

版画家になる

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1930.9.5~ 27 70 5 白い犬 白い世界の橋渡し
1932.9.5~ 29 20 7 黄色い太陽 白い魔法使い
1934.9.5~ 31 230 9 白い犬 白い風
1935.9.5~ 32 75 10 青い鷲 白い世界の橋渡し
1936.9.5~ 33 180 11 黄色い太陽 白い犬
1930年から文化学院で美術教師を務めます。
1932年に日本版画協会会員となる。

1934年に佐藤一英の詩「大和し美し(やまとしうるわし)」を読んで感動
1936年に国画展に出品の「大和し美し」が出世作となった。

これを機に民芸運動の人々と交流する様になり、以降の棟方芸術に多大な影響を及ぼすことになった。

ウェブスペルの色が白色の最後付近に「大和し美し」を出品。以降、民芸運動の人々と交流し棟方芸術は飛躍します。

板画家

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1942.9.5~ 39 30 4 白い犬 青い手
1945.9.5~ 42 85 7 赤い蛇 青い嵐
1946.9.5~ 43 190 8 白い犬 青い夜
1953.9.5~ 50 145 2 赤い蛇 黄色の種
1954.9.5~ 51 250 3 白い犬 黄色い星
1942年以降、版画を「板画」と称し、木版の特徴を生かした作品を一貫して作り続けた。

1945年に戦時疎開のため富山県に移住。
棟方志功は富山の自然をこよなく愛し数多くの作品を作った。
また、富山で浄土真宗にふれ仏を題材とした作品を世に送った。
1946年に住居を建て1部をアトリエにした。1954年まで富山県に在住した。

ウェブスペルの色が青色の前半から木版の特徴を生かした作品を一貫して作り続けます。
青色の半ばに富山県に移住し黄色の前半まで過ごします。

受賞

期間 KIN 太陽の紋章 ウェブスペル
1955.9.5~ 52 95 4 青い鷲 黄色い人
1956.9.5~ 53 200 5 黄色い太陽 黄色い戦士
1968.9.5~ 65 160 4 黄色い太陽 赤い地球
1969.9.5~ 66 5 5 赤い蛇 赤い竜
1970.9.5~ 67 110 6 白い犬 赤い蛇
1975.9.5~ 72 115 11 青い鷲 赤い蛇
1956年に、ヴェネツィア・ビエンナーレに「湧然する女者達々」などを出品し、日本人として版画部門で初の国際版画大賞を受賞。

1969年に青森市から初代名誉市民賞を授与
1970年に文化勲章を受章

1975年9月13日に肝臓癌のため亡くなった。

ウェブスペルの色が黄色の半ばに作品を出品し日本人として版画部門で初の国際版画大賞を受賞
2度目の赤色の半ばに青森市の初代名誉市民賞と文化勲章を受章
2度目の赤色の最後付近に肝臓癌のため亡くなった。

棟方志功のまとめ

赤色の最後付近に上京し展覧会に出品するが落選が続きます。

白色の始めの年に版画「初夏の風」を見て感激し版画家になることを決意します。
白色の最後付近に「大和し美し」を出品。以降、民芸運動の人々と交流し棟方芸術は飛躍します。

青色の前半から木版の特徴を生かした作品を一貫して作り続けます。
青色の半ばに富山県に疎開し浄土真宗にふれ仏を題材とした作品を世に送ります。

黄色の半ばにヴェネツィアに作品を出品し日本人として版画部門で初の国際版画大賞を受賞
2度目の赤色の最後付近に肝臓癌のため亡くなった。

丸々個人年表を1周の52年間芸術家として飛躍をつづけた人生でしたね。

棟方の肉筆画作品は「倭画」と言われ、国内外で板画と同様に評価を受けている。
棟方は大の「ねぶた好き」で、作品の題材としても描いている。

参考文献

☆いろいろ書きましたがすべて個人的な見解になります。

自分で検証を行うには・・・

個人イメージ

あなたのKinを調べる (誕生日占い)

誕生日からKin番号を求め、対応する銀河の音とウェブスペル、太陽の紋章の詳細表示を行う占いです。ご自身のもっているエネルギーに気付きや再確認することがある事と思います。

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個人Kin年表

個人Kin年表 (人生占い)

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